投稿日時:2021/03/19(金) 07:19
令和3年3月19日 2021年
ドクター松林の「待ったなし」
「富士山ブラ歩き」
エピソード2
―旅立ちー
●今回の富士山登頂は、僕にとって一人で親元を1週間も離れて旅行する、初めてのことであった。母親はさぞかし心配し、それを父親がたしなめるが、当の本人は全く不安などないばかりか夢と希望と好奇心に満ち溢れドキドキ感満載の状況であった。これから僕は完全に自由になれると思うと幸せな感覚に浸れるのであった。
●しかもこの時代1970年代の素晴らしいところは、携帯もSNSもなんにもないことであろうか。今のようにどこにいても携帯の電磁波に拘束され捕捉されているがんじがらめ見せかけの自由とはわけが違う。一度家を出ると連絡手段は公衆電話のみであり、僕も家を出て一回しか連絡しなかったと思う。誰にも居場所も知られず、連絡する必要に駆られることもなく、SNS用の投稿写真を撮るまで動きが取れないとかそんな拘束いっさいなしの自由がそこにはその時代にはあったんですよ。サイコーでしょ。
●携帯世代には決してわからないでしょうが、連絡が取れない分だけ、別れや旅立ちは今よりもずーっと重かったし、寂しかったし悲しかった。その分再会や出会いは今よりずっとインパクトがあったような気がします。例えばデートで待ち合わせをすると、何時何分どこどこの喫茶店の前でと黒電話で約束します。当日出会えるまでドキドキは続きます。というかどんどん不安感も増幅しながら時が経ちます。当日1分でも相手が遅れると、「まさか事故に遭ったのでは」とか「ドタキャンでふられたかも」とか最悪なことを想像します。これ現代では違いますよね、少し遅れるとなんで連絡もしないのかとイラっとします。同じデートでもこうも違います。だから会っているひと時をより大切にしたのかもしれません。「木綿のハンカチーフ」こんな感じで僕は富士山目指して家を出ました。
●開業以来24年間続いている
心のこもった優しい在宅医療の仁整形外科
「在宅訪問診療は26年の実績を継続し進化させています」
ドクター松林の「待ったなし」
「富士山ブラ歩き」
エピソード2
―旅立ちー
●今回の富士山登頂は、僕にとって一人で親元を1週間も離れて旅行する、初めてのことであった。母親はさぞかし心配し、それを父親がたしなめるが、当の本人は全く不安などないばかりか夢と希望と好奇心に満ち溢れドキドキ感満載の状況であった。これから僕は完全に自由になれると思うと幸せな感覚に浸れるのであった。
●しかもこの時代1970年代の素晴らしいところは、携帯もSNSもなんにもないことであろうか。今のようにどこにいても携帯の電磁波に拘束され捕捉されているがんじがらめ見せかけの自由とはわけが違う。一度家を出ると連絡手段は公衆電話のみであり、僕も家を出て一回しか連絡しなかったと思う。誰にも居場所も知られず、連絡する必要に駆られることもなく、SNS用の投稿写真を撮るまで動きが取れないとかそんな拘束いっさいなしの自由がそこにはその時代にはあったんですよ。サイコーでしょ。
●携帯世代には決してわからないでしょうが、連絡が取れない分だけ、別れや旅立ちは今よりもずーっと重かったし、寂しかったし悲しかった。その分再会や出会いは今よりずっとインパクトがあったような気がします。例えばデートで待ち合わせをすると、何時何分どこどこの喫茶店の前でと黒電話で約束します。当日出会えるまでドキドキは続きます。というかどんどん不安感も増幅しながら時が経ちます。当日1分でも相手が遅れると、「まさか事故に遭ったのでは」とか「ドタキャンでふられたかも」とか最悪なことを想像します。これ現代では違いますよね、少し遅れるとなんで連絡もしないのかとイラっとします。同じデートでもこうも違います。だから会っているひと時をより大切にしたのかもしれません。「木綿のハンカチーフ」こんな感じで僕は富士山目指して家を出ました。
●開業以来24年間続いている
心のこもった優しい在宅医療の仁整形外科
「在宅訪問診療は26年の実績を継続し進化させています」
