投稿日時:2025/08/01(金) 02:42

令和7年8月1日 2025年
ドクター松林の「待ったなし」

「僕が勉強をしなくなったわけ」 第39回(すべての勉強を続けて行きたい人のために)
「まだら完璧主義者18」
煙もくもくの社会
●僕が子供のころ、いや昭和という時代はどこに行っても煙草で充満していた。食事中も皆煙草を吸うから、食堂にも汽車にも病院の待合室にも今からは考えられないだろうが灰皿があった。ひどい場合、病院でせき込む人が待っている間にせき込みながら煙草をくゆらせるようなことも見かけられた。飛行機に乗ると離陸してまず煙草マークが消えて一斉にカチ、シュというライターやマッチの音がして煙草を吸う、そして機内は煙まみれになる。こうして1999年に日本では機内での全面禁煙となるまでもくもく機内は続いた。ついこの前のことである。  
●どこの家庭でも、男性のほとんどは煙草を吸い、家じゅう煙だらけ、もちろん僕の家も例外ではなかった。父親だけはかなりのヘビースモーカーで当時でもきつい煙草の「ロングホープ」を吸っていた。ただし女性は誰も吸わなかった。そのころは副流煙などという言葉すらなく、煙にさらされる子供たちも、煙草とお酒は大人になってから吸ってみたい飲んでみたいという気持ちがあったし、煙草のこんがりした匂いに憧れさえ感じることがあった。煙草とお酒は大人と子供を明確に分けるものであり、子供ながら大人って自由でいいなーと思ったりもした。父は食事中も煙草をくゆらせて、うまそうな顔をしていたが、特にお酒を飲むときの煙草は格別だったようである。

●父は年1回の医師会の海外旅行に行くと必ずジョニーウォーカーの赤と黒を買って帰り応接室に並べて飾っていた。当時一ドル360円の固定相場制の時代でありこのジョニーウォーカーも日本では手に入らず海外でも相当高かったはずである。そしてまずは赤からロックで飲み始める、黒は貴重すぎてなかなか飲まない。「いやー美味い、この赤も葉巻も最高だな」と言いながらこれも海外で買ってきたキューバ産の葉巻をくゆらせる。その煙にまみれて目が染みる情景とこんがりした香りが過去の郷愁をそそり胸が締め付けられるが、時を超え僕もジョニーウォーカーの黒をソーダで割って、ウーン美味い、次はゴールド、ブルーでいくかと思いながらバーで昔の父の面影とこんがりした煙草の匂いを思い出しながらたしなむのであった。ただそこに父の姿も煙草のもくもくも今はもうない。

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