投稿日時:2025/07/04(金) 05:26

令和7年7月4日 2025年
ドクター松林の「待ったなし」

「僕が勉強をしなくなったわけ」 第37回(すべての勉強を続けて行きたい人のために)
「まだら完璧主義者16」
●「ベンツすべり台事件」 僕は生まれた時、父はすぐに車を買った。茶色いブルーバードだ。夢を乗せどこにでも行ける 妖精のようなイメージだ。それから3~4年していきなり黒塗りのベンツが家に来た。僕はそれ を見た時こう思った。「わーすごい黒ピカのすべり台が来た」と。いたいけな4~5歳の松林君 にとっては、高級車もすべり台に見えてしまう。ブルーバードよりも車長が長く角度が滑らかな ので、すべり台に見えたのだろう。  
●さっそく僕は、夏のジリジリする日差しの中、駐車場まで行きその黒ピカのベンツの屋根によじ 登り、すーっと滑った。なんとそこへ家の看護婦さんが通りかかったものだから、もう大変なこ とに。「坊ちゃん、何しよるん、けがはない?大丈夫?」と駆け寄ってきて抱っこしてくれた。 「ママのところに行こう」と言ってそのまま連れていかれた。バツが悪いことに居間に父親もい たからこれから地獄を見ることに。看護婦さんが「先生、坊ちゃんが大変です」父「何が大変なんだ?何があった?」看護婦「坊ちゃんが、ベンツにベンツに」父「ベンツがどうした?早く言わんか」看護婦「坊ちゃん、ベンツによじ登って滑っていました。けがはありません」父「なんだと、わしのベンツをすべり台にしたのか、やすとも」僕は下を向きながら軽くうなずいた。
●こんな怖い父は初めてだった。怒られてつらい気持ちと、もうベンツすべり台遊びはできないという思いが交錯して悲しかった。ここから歌舞伎の大立ち回りかシェイクスピアの劇のような状況になっていく。父はあまりの怒りに顔を真っ赤にして「君は何ということをしたんだ。悪いと思っているのか、この馬鹿者が」と大声で叫びながら怒り続けていた、その時である。母が突然父にしがみつき「私の私の息子を許してやってください。お叱りなら私を叱ってやってください」と泣きながら叫んだ。父は「ならぬならぬ悪いのはやすともだろうが」とまた怒鳴りつける。看護婦さんは縮みあがり収拾はつかない。でも僕は冷静に思った。母は偉大だ。僕のために自分の身を投げ出してくれる。この恩は決して忘れまいと胸にしまい込んだ。本当に信頼できる人は自分のために身を投げ出せる人であることを学んだ、その逆もまた成り立つ。その人のために自分の身を投げ出せる、それが本当の愛であろうと。

●在宅なら在宅診療、訪問看護、在宅リハ一体型の当院へ。

●6月15日開催のウェルカムエブリバディコンサートは95名の来館者によって  盛り上がりました。ゴスペルの圧倒的な迫力と会場が一体となった歌声と踊りで  最高にエキサイティングでした。皆様応援ありがとうございました。
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