投稿日時:2024/04/19(金) 01:10
令和6年4月19日 2024年
ドクター松林の「待ったなし」
「僕が勉強をしなくなったわけ」第10回(すべての勉強を続けて行きたい人のために)
●一の子分がのろまの「うんてつ」、二の子分がでこっぱちの「やっきん」。そして三の子分は僕よ り3つ下の「ひこたん」だった。これはもともと「ひこちゃん」と呼ばれていたがいつのまにか 「ひこたん」になった。身体が小さくて目がきょとんとして可愛いからだった。「ひこたん」は 僕の家が経営する裏通りのアパートに住んでいた。ひこたんの家に行くといつもお父さんとお母 さんがいて、ミシンや手縫いで裁縫の仕事をしていた。多分仕立て屋の下請けの仕事だったんだ ろう。6畳一間に妹を入れて家族4人で暮らしていた。生活は苦しかったと思う。
●そのころ切手収集と切手交換が流行っていた。僕も必死に切手を集めていた。まずは郵便物に貼 ってある切手を集めて水につけておき自然にはがれるのを待つ、そして乾かす。消印つきの切手 はこうして集めた。これは無料だが僕らが夢中になっていたのは「見返り美人」や「月に雁」や 「法隆寺」などの額面の何十倍もする価値のある切手だった。でもとても小遣いでは手が届かな かった。だから僕は切手図鑑という価格の書いてある本を買ってもらって楽しんでいた。
●ある日ひこたんの家に行って、切手図鑑を読んでいたら、いきなりひこたんのお父さんが「坊 ちゃん、坊ちゃん、ちょっとその本見せて」と言ってきた。僕が本を手渡すとおもむろに「これ だーこの切手だー、えーこんな高額になってるんじゃあ、あーつかわにゃよかった、もし持っと ったら今は億万長者じゃー家も建てられた、悔しいー」と絶叫した。その切手は戦争時代に発行 されたもので希少価値があった。図鑑で価格を見ると10万円くらいだった。今の50万円くらい だろうか。でも僕は子供ながらこのくらいじゃ家は建たないだろうと思ったが、ひこたんのお父 さんに悪いので口には出さなかった。このひこたんはとても弱虫で泣き虫であった。転んだだけ ですぐに泣く、泣くと動かなくなり「おいひこたん泣くなよ」と言っても余計に泣く。だから虫 捕りの時にいつも一番後ろを歩いていた。いつも僕に言っていた「ぼっちゃんたいちょうありが とう」可愛い奴だった。昭和の40年代は、まだ貧乏が当たり前だった。でも10万円の切手で熱 狂し、そこに夢を膨らませることができた。がんばればそれに伴って生活がよくなった。今の時 代果たしてどうだろう、どっちが幸せな時代なんだろう。
●落語の公演の予約のご案内は5月から行います。ご期待ください。
●寝たきり防止のための訪問診療、訪問看護、訪問リハビリも大切ですね。 ご相談ください。
●開業以来24年間続いている心のこもった優しい在宅医療と交通事故専門外来の 仁整形外科
ドクター松林の「待ったなし」
「僕が勉強をしなくなったわけ」第10回(すべての勉強を続けて行きたい人のために)
●一の子分がのろまの「うんてつ」、二の子分がでこっぱちの「やっきん」。そして三の子分は僕よ り3つ下の「ひこたん」だった。これはもともと「ひこちゃん」と呼ばれていたがいつのまにか 「ひこたん」になった。身体が小さくて目がきょとんとして可愛いからだった。「ひこたん」は 僕の家が経営する裏通りのアパートに住んでいた。ひこたんの家に行くといつもお父さんとお母 さんがいて、ミシンや手縫いで裁縫の仕事をしていた。多分仕立て屋の下請けの仕事だったんだ ろう。6畳一間に妹を入れて家族4人で暮らしていた。生活は苦しかったと思う。
●そのころ切手収集と切手交換が流行っていた。僕も必死に切手を集めていた。まずは郵便物に貼 ってある切手を集めて水につけておき自然にはがれるのを待つ、そして乾かす。消印つきの切手 はこうして集めた。これは無料だが僕らが夢中になっていたのは「見返り美人」や「月に雁」や 「法隆寺」などの額面の何十倍もする価値のある切手だった。でもとても小遣いでは手が届かな かった。だから僕は切手図鑑という価格の書いてある本を買ってもらって楽しんでいた。
●ある日ひこたんの家に行って、切手図鑑を読んでいたら、いきなりひこたんのお父さんが「坊 ちゃん、坊ちゃん、ちょっとその本見せて」と言ってきた。僕が本を手渡すとおもむろに「これ だーこの切手だー、えーこんな高額になってるんじゃあ、あーつかわにゃよかった、もし持っと ったら今は億万長者じゃー家も建てられた、悔しいー」と絶叫した。その切手は戦争時代に発行 されたもので希少価値があった。図鑑で価格を見ると10万円くらいだった。今の50万円くらい だろうか。でも僕は子供ながらこのくらいじゃ家は建たないだろうと思ったが、ひこたんのお父 さんに悪いので口には出さなかった。このひこたんはとても弱虫で泣き虫であった。転んだだけ ですぐに泣く、泣くと動かなくなり「おいひこたん泣くなよ」と言っても余計に泣く。だから虫 捕りの時にいつも一番後ろを歩いていた。いつも僕に言っていた「ぼっちゃんたいちょうありが とう」可愛い奴だった。昭和の40年代は、まだ貧乏が当たり前だった。でも10万円の切手で熱 狂し、そこに夢を膨らませることができた。がんばればそれに伴って生活がよくなった。今の時 代果たしてどうだろう、どっちが幸せな時代なんだろう。
●落語の公演の予約のご案内は5月から行います。ご期待ください。
●寝たきり防止のための訪問診療、訪問看護、訪問リハビリも大切ですね。 ご相談ください。
●開業以来24年間続いている心のこもった優しい在宅医療と交通事故専門外来の 仁整形外科
