投稿日時:2024/12/06(金) 12:29
令和6年12月6日 2024年
ドクター松林の「待ったなし」
「僕が勉強をしなくなったわけ」 第24回(すべての勉強を続けて行きたい人のために)
「まだら完璧主義者3」
●とにかく叔父さんの歯医者に行って麻酔なしで虫歯治療をされるのは地獄だった。それと同じく らい嫌だったのが週1回に家庭教師によるピアノレッスンだった。確か木曜日の4時から1時間毎週レッスンが組まれ、家の応接室で父自慢のヤマハのアップライトピアノで教わるのだった。小学校低学年で最も外で友達と遊びたい時間である。それがこのピアノレッスンによって妨害されるのだ。それがまず耐えられなかった。
●だから僕は時々その時間に帰らず公園で遊んでいると、看護婦さんが来て、「坊ちゃん、ピアノの練習じゃけん家に帰ろう、先生もう来とるよ」と言われ、手を引かれながら家に連れ戻された。 「ちゃんと手洗ってからピアノしてね」と言われたがめんどくさいので泥まみれの手で鍵盤を たたいていたら、みるみるうちに象牙の鍵盤がまっ黄色になっていった。練習も一切しないのに黄色くなっていく鍵盤など聞いたことがない。
●だいたいにおいて、うちの家族に誰もピアノを弾ける人がいない。例えば親がピアノを弾けて 子にも教えてあげようという熱意と芸術性、そして練習させるという環境ならわかりますよ。 でも単に父と母が僕に期待したのは、末はハーバード大学かケンブリッジ大学に入学して、時々 広島に帰ってきた時には、コーヒーをたしなみ煙草をくゆらせながら、海外帰りの息子に応接室 で大好きなモーツァルトのピアノコンチェルトやショパンを弾かせて楽しもうという、とんでもない自分勝手な考えか夢で始まったことなのです。ただその夢は約3年で僕がぶち壊しました。誰も弾いていないアップライトピアノだけがほこりをかぶりながら、それから数十年倉庫にあったとさ。
●家で痛くて病院に行けない方、またそれ以外の理由で治療を受けていない方、 そのままにしてはいけません。まずは当院にお電話をください。 なんとかします
●開業以来24年間続いている心のこもった優しい在宅医療と交通事故専門外来の仁整形外科
ドクター松林の「待ったなし」
「僕が勉強をしなくなったわけ」 第24回(すべての勉強を続けて行きたい人のために)
「まだら完璧主義者3」
●とにかく叔父さんの歯医者に行って麻酔なしで虫歯治療をされるのは地獄だった。それと同じく らい嫌だったのが週1回に家庭教師によるピアノレッスンだった。確か木曜日の4時から1時間毎週レッスンが組まれ、家の応接室で父自慢のヤマハのアップライトピアノで教わるのだった。小学校低学年で最も外で友達と遊びたい時間である。それがこのピアノレッスンによって妨害されるのだ。それがまず耐えられなかった。
●だから僕は時々その時間に帰らず公園で遊んでいると、看護婦さんが来て、「坊ちゃん、ピアノの練習じゃけん家に帰ろう、先生もう来とるよ」と言われ、手を引かれながら家に連れ戻された。 「ちゃんと手洗ってからピアノしてね」と言われたがめんどくさいので泥まみれの手で鍵盤を たたいていたら、みるみるうちに象牙の鍵盤がまっ黄色になっていった。練習も一切しないのに黄色くなっていく鍵盤など聞いたことがない。
●だいたいにおいて、うちの家族に誰もピアノを弾ける人がいない。例えば親がピアノを弾けて 子にも教えてあげようという熱意と芸術性、そして練習させるという環境ならわかりますよ。 でも単に父と母が僕に期待したのは、末はハーバード大学かケンブリッジ大学に入学して、時々 広島に帰ってきた時には、コーヒーをたしなみ煙草をくゆらせながら、海外帰りの息子に応接室 で大好きなモーツァルトのピアノコンチェルトやショパンを弾かせて楽しもうという、とんでもない自分勝手な考えか夢で始まったことなのです。ただその夢は約3年で僕がぶち壊しました。誰も弾いていないアップライトピアノだけがほこりをかぶりながら、それから数十年倉庫にあったとさ。
●家で痛くて病院に行けない方、またそれ以外の理由で治療を受けていない方、 そのままにしてはいけません。まずは当院にお電話をください。 なんとかします
●開業以来24年間続いている心のこもった優しい在宅医療と交通事故専門外来の仁整形外科
