投稿日時:2023/08/04(金) 06:09

令和5年8月4日 2023年
ドクター松林の「待ったなし」

「東京の街を彷徨う」   
―いざ、新宿歌舞伎町へーその10
●記憶を記録にしなかったため少し欠落部分が生じたが、ケー坊が病院で治療を受けた後、予想以上に元気になって僕たちは歌舞伎町目指して歩いた記憶がある。西から東新宿に抜けたら街の様相は一変してきた。時は夕刻近かったがまだ全然明るい。にもかかわらず歌舞伎町に近づくにつれ煌々とネオンやライトが灯っていた。ここは不夜城なのかはたまた真昼の月かそんな感じの異次元の空間だった。
●はてと、ケンちゃんとの待ち合わせは午後6時に〇〇劇場の前ということでまだ1時間もある。僕らは歌舞伎町のやや深部まで到達しつつあることは巨大な光り輝くゲームセンターの存在でわかった。すげえ、ここは砂漠の中のオアシスなのか圧倒的なネオンとゲームの音で充満したゲームの戦場がそこにはあった。二人は顔を見合わせて無言のまま、意思は同じ決意でゲームセンターのドアをくぐった。でかい。しかも広島では見たこともない最新型のゲームだらけ。僕はあるだけの貯金と小遣いをポケットにはちきれんばかりに入れていた。さあ勝負だ。
●思えばゲームほど非生産的なものも世の中にはそうそうない。「一部の賞金獲得ゲームを除いて」。 だから親はゲームを毛嫌いする傾向にある。だって勉強にもお金にもならないし、ただただ時間の無駄と思うからである。でもその考えはある意味では正しい。ただわかってほしいこともある。 あえて言うならばその非生産性こそがゲームの魅力なのかもしれない。当時高2の僕らは一日8~10時間の勉強を目標にして、学校では授業や運動部で鍛え、無意味な非生産的な時間など微塵もなかった。この非建設的な作業であるゲームをするときだけが僕に与えられた唯一の自由享受の時間だった。昔はゲームセンターか喫茶店に行かなければゲームはできなかった。今は携帯でもテレビやPCでもどこでもゲームができる。僕も含めて現代人の多くは非生産性の時間を作ることに飢えている。なんら価値のない時間と空間を求めて人は旅に出る。携帯の電波の届かないところに行くなんてサイコーで一種のタイムスリップだ。でもその時間もない僕たちはたまにそしてエキサイトしながらゲームに没頭する。太古からチェスや将棋や囲碁などのゲームに夢中になってただひたすらその空間に彷徨っていた僕たちの先人と同じように意味も価値もない時空に漂うのはある種の許されていいカタルシスではないだろうか。    

●開業以来24年間続いている   
心のこもった優しい在宅医療と交通事故専門外来の仁整形外科  
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