投稿日時:2023/07/21(金) 06:13
令和5年7月21日 2023年
ドクター松林の「待ったなし」
「東京の街を彷徨う」
―いざ、新宿歌舞伎町へーその9
●それからケー坊はほどなく診察室へ呼ばれたような気がする。という曖昧な表現になるのは実は 病院の直線的で真っ白な印象から病院を出るまでの間のことがどうしても鮮明に思い出せないのだ。あまりの暑さのせいで頭がボーっとしていたためかとも考えてみたが、原因は別にありそうだと最近思った。病院の冷たい金魚鉢の底にいるような情景を思い浮かべるとケー坊といるシーンからある映画のシーンに飛んでしまうのである。その映画は「ロストイントラストレーション」。2003年のソフィアコッポラの映画である。フェリーニの「甘い生活」の日本版ともいえる愛すべき情緒、感性豊かな映画だ。
●この映画は新宿を舞台にしている。パークハイアット東京がそっくりそのまま出てきて、行ってみたいなーと思わせる素敵さがいい。まさに主人公のビルマーレイが年下の女性スカーレットヨハンセンと新宿の街を彷徨うのである。ビルマーレイとマルチェロマストロヤンニとダブってしまう。その中でのワンシーン、ビルが新宿で足首を捻挫してしまい病院へ行くシーンである。そこに飛んでしまう。病院の中の状況も青白い照明やロビーの形もそっくりで、居心地の悪そうなビルマーレイの顔が思い出されてしまうのだ。前の記憶があとの記憶を埋没してしまう感覚でデジャブとも違う、いやその逆に近いかな。
●どちらもインパクトのある経験の場合、記憶が記憶を飲み込んで紛れ込むことがあるらしい。確かに人間の記憶なんて不確かなものだ。例えば2週間前の同じ曜日の夕ご飯は何を食べたか正確に言える人はどれほどいるであろうか。記憶が曖昧なため人は記録することを覚え、パピルスに革のペンで字や絵を書き、あるいは壁に壁画を描き記憶を記録に変えて人類は発展してきた。文明の力とはこの記録と火を有効に使えるかにかかっていた。僕は日記を書かないタイプの人間だがこんな時には何かに記しておけばよかったと思うのである。もしも人類文明の発展の基礎である記憶を記録にするという行為をもっとちゃんとしておけば今の僕の人生はいかほどか変わっていただろう。素晴らしい文明的行為である記録化は今では携帯で写真を撮ることで簡単にできるかもしれない。それは画期的な進歩ではあるが、アプリを使って元の顔とは全く違う状態で記録するのはある意味で正確な情景を表現できないのではとふと思いながら、いやこれが新しい人類の文化なのかなと思い直した。
●開業以来24年間続いている
心のこもった優しい在宅医療と交通事故専門外来の仁整形外科
ドクター松林の「待ったなし」
「東京の街を彷徨う」
―いざ、新宿歌舞伎町へーその9
●それからケー坊はほどなく診察室へ呼ばれたような気がする。という曖昧な表現になるのは実は 病院の直線的で真っ白な印象から病院を出るまでの間のことがどうしても鮮明に思い出せないのだ。あまりの暑さのせいで頭がボーっとしていたためかとも考えてみたが、原因は別にありそうだと最近思った。病院の冷たい金魚鉢の底にいるような情景を思い浮かべるとケー坊といるシーンからある映画のシーンに飛んでしまうのである。その映画は「ロストイントラストレーション」。2003年のソフィアコッポラの映画である。フェリーニの「甘い生活」の日本版ともいえる愛すべき情緒、感性豊かな映画だ。
●この映画は新宿を舞台にしている。パークハイアット東京がそっくりそのまま出てきて、行ってみたいなーと思わせる素敵さがいい。まさに主人公のビルマーレイが年下の女性スカーレットヨハンセンと新宿の街を彷徨うのである。ビルマーレイとマルチェロマストロヤンニとダブってしまう。その中でのワンシーン、ビルが新宿で足首を捻挫してしまい病院へ行くシーンである。そこに飛んでしまう。病院の中の状況も青白い照明やロビーの形もそっくりで、居心地の悪そうなビルマーレイの顔が思い出されてしまうのだ。前の記憶があとの記憶を埋没してしまう感覚でデジャブとも違う、いやその逆に近いかな。
●どちらもインパクトのある経験の場合、記憶が記憶を飲み込んで紛れ込むことがあるらしい。確かに人間の記憶なんて不確かなものだ。例えば2週間前の同じ曜日の夕ご飯は何を食べたか正確に言える人はどれほどいるであろうか。記憶が曖昧なため人は記録することを覚え、パピルスに革のペンで字や絵を書き、あるいは壁に壁画を描き記憶を記録に変えて人類は発展してきた。文明の力とはこの記録と火を有効に使えるかにかかっていた。僕は日記を書かないタイプの人間だがこんな時には何かに記しておけばよかったと思うのである。もしも人類文明の発展の基礎である記憶を記録にするという行為をもっとちゃんとしておけば今の僕の人生はいかほどか変わっていただろう。素晴らしい文明的行為である記録化は今では携帯で写真を撮ることで簡単にできるかもしれない。それは画期的な進歩ではあるが、アプリを使って元の顔とは全く違う状態で記録するのはある意味で正確な情景を表現できないのではとふと思いながら、いやこれが新しい人類の文化なのかなと思い直した。
●開業以来24年間続いている
心のこもった優しい在宅医療と交通事故専門外来の仁整形外科
