投稿日時:2023/06/16(金) 05:29

令和5年6月16日 2023年
ドクター松林の「待ったなし」

「東京の街を彷徨う」   
―いざ、新宿歌舞伎町へーその7
●30分くらいしてケー坊はトイレから這うようにでてきた。顔面蒼白で息絶え絶えに「松林ハンバーガーは食べるな。もう出るものもないよ」と言った。僕は「今から病院に行こう、具合悪ければ歌舞伎町はやめよう」と言ったら、「いやそれは悪いよ、僕一人で行くから、松林は歌舞伎町で楽しんでくれ」僕は「いや、体が第一だ。一緒に病院行こう」と言ってアパートをともに出た。その時のことを今でもケー坊は印象に残り僕に話す。「あの時は松林の言葉は嬉しかった。優しい奴だなと思ったよ」僕はただ普通に言って行動しただけだが、優しさって強いし人の心を動かす。
●もちろん前夜おじさんに頂いたバーガーであたったので、おじさんには相談せずそのまま井の頭線で新宿に向かった。暗黙の了解だった。また新宿に行けば病院はいくらでもあるだろうと思ったからだ。ケー坊は確かに具合悪そうだった。電車の椅子にうなだれて座っていたがでもケー坊は40年間僕の介護や優しさを一番インパクトに心に刻んでいたのである。 
●僕が小学生のころ家に帰り診察室(自宅が開業医だった)に挨拶に行くと、両親と看護師さん3  名が妙に暗いだけでなく何か怒っている雰囲気。僕は「いったいどうしたの?」と聞いた。母が  「家の前の花壇の花を全部摘んでいかれたのよ。ひどいわよね」としょげ返っている。父も「そ んな悪い奴がいるんだなあ。残念だ」と怒りと悲しみがその空間に充満していた。僕はとっさに 言った、かなりの勇気を持って。「もしかしたら小さな子供がお母さんが病気で喜ばせようと思 って持って帰ったのかもしれないよ」。その瞬間場の雰囲気が変わった。今まで怒りと悲しみに 満ちていたが急に許しと希望に塗り替えられた感じがした。母は「そうだね花はまた明日種をま けばいいよね」。父も「きっとまた綺麗な花が咲くさ」。看護師さんの一人は目頭を押さえていた。 しかしいかなる理由があろうとも人の家の花を摘んではいけない、決して許されることではない。 がしかし大人たちは僕の話した優しい気持ちに打たれた。そして許しと希望が満ち溢れたのだと 思う。それから3カ月また花壇にいっぱいの綺麗な花が咲いた。特に向日葵は太陽に向いて笑っ ている。僕たちはみんなで花壇の前で写真を撮った。みんな向日葵みたいな笑顔だった。今でも 僕の心のアルバムにしまってある。  

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心のこもった優しい在宅医療の仁整形外科  

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