投稿日時:2023/04/07(金) 12:42
令和5年4月7日 2023年
ドクター松林の「待ったなし」
「東京の街を彷徨う」
―いざ、新宿歌舞伎町へーその2
●頭の中で「雨に唄えば」の曲がガンガン流れた状態で僕たちはおじさんのアパートに着いた。雨でびしょ濡れの髪と体をバスタオルで拭きながら、冷蔵庫から2本コーラを取り出してグイグイ飲んだ。酒が飲めない僕たち高校生にとってはコーラが一番だ。由美さんの残像が強烈に残ってはいたが、明日は待ちに待った歌舞伎町に行く日である。ケー坊と二人でその打ち合わせを始めた。
●当時歌舞伎町といえば僕のような田舎者の高校生にとっては、パリかニューヨークほどの 感覚であり、それだけ羨望の街であり輝いていた。別に変な意味ではない。高校生にとっ て歌舞伎町は恐らく日本一大きいゲームセンターがあり、そこには最新型の機種がそろっ ている凄いところだった。若い方はなんでそんなゲームセンターで舞い上がってるのと思われるかもしれないが、その当時はプレステ、ゲームボーイ、switchありません、もちろん携帯もありません。流行のインベーダーゲームやパックマンはゲーセンか喫茶店に行かなければできないという、中世、古代のような状況でありいわゆるゲーム難民だった。
●広島にあるゲーセンはやはりしょぼかった。もっとも最新型のゲームがあり、巨大で最高の輝きを放っているのは歌舞伎町だった。僕たちはたまに喫茶店に入り、ピラフを食べながらインベーダーゲームをしたものだ。最後までクリアできる輩は、ヒーローだった。彼がクリアした瞬間に拍手が沸き上がったものだ。僕はあまりうまい方ではなかったがゲームに夢中だった。下手の横好きというのはこのこと。わずか40年で時代は大きく変わったものだ。確かに今は便利でどんなところでもゲームができる。ずうーっと携帯を見ながらご飯を食べたり、歩いたり、電車に乗ったりして中にはゲームをしている人も多い。でもそれは果たしていいことなのか?巨大なゲームセンターは恐竜のように倒れていき、携帯のためコミュニケーションは薄れ、僕たちは冷たい金魚鉢の中の孤独な金魚みたいになっているのではないかとふとそんな気がした。
●在宅診療の老舗開業以来29年
ドクター松林の「待ったなし」
「東京の街を彷徨う」
―いざ、新宿歌舞伎町へーその2
●頭の中で「雨に唄えば」の曲がガンガン流れた状態で僕たちはおじさんのアパートに着いた。雨でびしょ濡れの髪と体をバスタオルで拭きながら、冷蔵庫から2本コーラを取り出してグイグイ飲んだ。酒が飲めない僕たち高校生にとってはコーラが一番だ。由美さんの残像が強烈に残ってはいたが、明日は待ちに待った歌舞伎町に行く日である。ケー坊と二人でその打ち合わせを始めた。
●当時歌舞伎町といえば僕のような田舎者の高校生にとっては、パリかニューヨークほどの 感覚であり、それだけ羨望の街であり輝いていた。別に変な意味ではない。高校生にとっ て歌舞伎町は恐らく日本一大きいゲームセンターがあり、そこには最新型の機種がそろっ ている凄いところだった。若い方はなんでそんなゲームセンターで舞い上がってるのと思われるかもしれないが、その当時はプレステ、ゲームボーイ、switchありません、もちろん携帯もありません。流行のインベーダーゲームやパックマンはゲーセンか喫茶店に行かなければできないという、中世、古代のような状況でありいわゆるゲーム難民だった。
●広島にあるゲーセンはやはりしょぼかった。もっとも最新型のゲームがあり、巨大で最高の輝きを放っているのは歌舞伎町だった。僕たちはたまに喫茶店に入り、ピラフを食べながらインベーダーゲームをしたものだ。最後までクリアできる輩は、ヒーローだった。彼がクリアした瞬間に拍手が沸き上がったものだ。僕はあまりうまい方ではなかったがゲームに夢中だった。下手の横好きというのはこのこと。わずか40年で時代は大きく変わったものだ。確かに今は便利でどんなところでもゲームができる。ずうーっと携帯を見ながらご飯を食べたり、歩いたり、電車に乗ったりして中にはゲームをしている人も多い。でもそれは果たしていいことなのか?巨大なゲームセンターは恐竜のように倒れていき、携帯のためコミュニケーションは薄れ、僕たちは冷たい金魚鉢の中の孤独な金魚みたいになっているのではないかとふとそんな気がした。
●在宅診療の老舗開業以来29年
