私の在宅医療(往診)のルーツ

その4

「ドクター松林の待ったなし」

「私の在宅医療(往診)のルーツ」 その4

こうして広島空港に降り立った私ですが、ここでもう少し祖父保太郎についてご紹介しようと思います。祖父保太郎は山口県柳井の山奥の村で生まれました。この村は源平合戦の時平家の落人が住み着いた村とされています。確かに松林という姓を名字辞典で引くと「平家の一門で桓武天皇の子孫で平の姓を賜った家系である平氏。」と出てきます。松林家はこの村の長であったらしいのです。どれだけ山奥であったかは祖父保太郎が帰省するときは家までの道が真っ暗で星を頼りに家までたどり着いていたそうです。

祖父保太郎は岩国中学から高校で学び、岡山大学医学部に入りました。その当時は岡山大学の医学部が旧帝大として中国地方では幅を利かせていたようです。その後広島に戻り現在の広島県病院の内科部長を務めた後、現在の私の実家の場所で開業しました。

各界の著名人との交流も多く、毎日のように家でいろいろな方々を招き宴会を施していたようです。そのせいか私の祖母の料理は子供のころ酒のつまみのような小皿料理が7-8品出てきたのを覚えています。おばいけとかきんぴらごぼう、ぬた、ひじき、煮物、酢の物などなどです。そこに母がまた料理を作るわけですからなんと食卓には十数皿がならびとても豪勢だったことを覚えています。作家の井伏鱒二氏とも酒を飲みかわす仲だったそうで彼の「本日休診」という作品の一部は祖父保太郎をモデルにしているとも聞きました。 

つづく