伊豆大島の思い出と復興

 先日の台風で被害に遭われた多くの大島町民の方々、土石流などで亡くなられた方々に哀悼の意を表します。そしてまた、素晴らしい自然と温かい心を持たれる親愛なる大島の方々の速やかな復興を応援したいと思います。特に、私は1993年頃から月に1~2回、土日で大島に診療に行っていたこともあり、特別の思いや感情があります。
 当時大島に行くには、竹芝桟橋から船に乗るか、羽田空港からYS11機で飛ぶか、熱海港から高速船で行くかのどれかでした。昔からフェリーはありませんでした。私はほとんど飛行機で羽田から土曜日の朝早くに出発し、飛ばなければ東京駅に回り新幹線で熱海から高速船に乗る手を使っていました。プロペラ機は急に運休することがあるのです。
 ある日の飛行機は、雲ひとつない晴天の下、眼下に大島空港が見えるところまで来たところ、パイロットからアナウンスがありました。「強風により着陸は危険と判断し、これより羽田空港に引き返します」。。。愕然としましたね。私は羽田に戻され、東京駅に回り新幹線で熱海から高速船に乗りなおして、なんとか大島に上陸しました。
 確かに交通は不便でした。でも、夕方に着いたにもかかわらず、患者さんは病院の前にたくさん並んでいらっしゃいました。頑張って診察しましたよ。朝から待っている患者さんばかりでしたもの。
 これを機に私の行っている「東日本大震災復興寄付」を「日本の復興のために」と拡大して行おうと思います。この中から大島復興のために50万円寄付させていただきます。